SHE'S THE BOSS / Mick Jagger
2008/06/05 Thu [Edit]
ジェフ・ベックがらみでもう一枚。
1985年ミック・ジャガーの初めてのソロ・アルバム。
すでに大物ロック・シンガーだったミックの初めてのソロ・アルバムであるからして、すごいメンバーが参加している。
プロデューサーにナイル・ロジャース、ビル・ラズウェル、ギターがジェフ・ベック、ビート・タウンゼント他、キーボードにハービー・ハンコック、ヤン・ハマー他などなど。
ナイル・ロジャースは、この前年1984年に、マドンナの「ライク・アヴァージン」をプロデュースして大ヒットを記録し日の出の勢いだった。
SHE'S THE BOSS / Mick Jagger (1985)
1. Lonely at the Top
2. 1/2 a Loaf
3. Running Out of Luck
4. Turn the Girl Loose
5. Hard Woman
6. Just Another Night
7. Lucky in Love
8. Secrets
9. She's the Boss
久しぶりに聴いたけど、懐かしいサウンドだ。
この頃、始めての車=中古のおんぼろスカイラインを買って乗り回していた。
ちょうどドライブするのに最適な、ノリが良くてポップなサウンドだった。
すべての曲がミックの自作または共作だ。
今聴いても良い曲ばかりで、いかに力が入っていたかがうかがえる。ストーンズとは違ってかなりポップで売れ線な仕上げだけど、ワタシはすごく好きなアルバムです。
ミックのソロ・アルバムではベストの出来ではないかと思う。(2001年の"Godess in the Doorway"は未聴だけど。)チャートでは全英6位・全米13位。
ジェフ・ベックがリード・ギターを弾いているのは1.3.5.6.7.9.の6曲。
6.ジャスト・アナザー・ナイトが最初にシングル・カットされて結構ヒットしたと思う。ジェフ・ベックのアコギも素敵だ。
1985年ミック・ジャガーの初めてのソロ・アルバム。
すでに大物ロック・シンガーだったミックの初めてのソロ・アルバムであるからして、すごいメンバーが参加している。
プロデューサーにナイル・ロジャース、ビル・ラズウェル、ギターがジェフ・ベック、ビート・タウンゼント他、キーボードにハービー・ハンコック、ヤン・ハマー他などなど。
ナイル・ロジャースは、この前年1984年に、マドンナの「ライク・アヴァージン」をプロデュースして大ヒットを記録し日の出の勢いだった。
SHE'S THE BOSS / Mick Jagger (1985)1. Lonely at the Top
2. 1/2 a Loaf
3. Running Out of Luck
4. Turn the Girl Loose
5. Hard Woman
6. Just Another Night
7. Lucky in Love
8. Secrets
9. She's the Boss
久しぶりに聴いたけど、懐かしいサウンドだ。
この頃、始めての車=中古のおんぼろスカイラインを買って乗り回していた。
ちょうどドライブするのに最適な、ノリが良くてポップなサウンドだった。
すべての曲がミックの自作または共作だ。
今聴いても良い曲ばかりで、いかに力が入っていたかがうかがえる。ストーンズとは違ってかなりポップで売れ線な仕上げだけど、ワタシはすごく好きなアルバムです。
ミックのソロ・アルバムではベストの出来ではないかと思う。(2001年の"Godess in the Doorway"は未聴だけど。)チャートでは全英6位・全米13位。
ジェフ・ベックがリード・ギターを弾いているのは1.3.5.6.7.9.の6曲。
6.ジャスト・アナザー・ナイトが最初にシングル・カットされて結構ヒットしたと思う。ジェフ・ベックのアコギも素敵だ。
VOLUME ONE / The Honey Drippers
2008/06/04 Wed [Edit]
ジェフ・ベックがらみで1枚。
ロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベックさらにナイル・ロジャースという錚々たるメンバーが集まったグループ。
曲は1950年代〜60年あたりのR&B、R&R。
1984年の夢のような組み合わせだったが、この1枚でアルバムは終わってしまった。Vol.2は出なかったのです。なんでも、売れすぎたのが解散の原因だとか。そりゃこれだけのメンバーだったら売れるやろ。
まぁしょうがないです、この1枚だけでも充分幸せになれます。
VOLUME ONE / The Honey Drippers (1984)
1. I Get a Thrill
2. Sea of Love
3. I Got a Woman
4. Young Boy Blues
5. Rockin' at Midnight
シングル・カットされた2.「Sea of Love」はヒット・チャートを上昇し、1985年全米3位にまでなった。原曲はフィル・フィリップ&ザ・トワイライターズで1959年のヒット曲。後に同名の映画もできたが、このとき使われた曲は原曲のほう。
3.「I Got a Woman 」は1954年のレイ・チャールズのヒット曲。
4.「Young Boy Blues 」1960年ベン・E・キングの代表曲。
5.「Rockin' at Midnight」1949年ロイ・ブラウンの曲。
ロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベックさらにナイル・ロジャースという錚々たるメンバーが集まったグループ。
曲は1950年代〜60年あたりのR&B、R&R。
1984年の夢のような組み合わせだったが、この1枚でアルバムは終わってしまった。Vol.2は出なかったのです。なんでも、売れすぎたのが解散の原因だとか。そりゃこれだけのメンバーだったら売れるやろ。
まぁしょうがないです、この1枚だけでも充分幸せになれます。
VOLUME ONE / The Honey Drippers (1984)1. I Get a Thrill
2. Sea of Love
3. I Got a Woman
4. Young Boy Blues
5. Rockin' at Midnight
シングル・カットされた2.「Sea of Love」はヒット・チャートを上昇し、1985年全米3位にまでなった。原曲はフィル・フィリップ&ザ・トワイライターズで1959年のヒット曲。後に同名の映画もできたが、このとき使われた曲は原曲のほう。
3.「I Got a Woman 」は1954年のレイ・チャールズのヒット曲。
4.「Young Boy Blues 」1960年ベン・E・キングの代表曲。
5.「Rockin' at Midnight」1949年ロイ・ブラウンの曲。
WIRED / JEFF BECK
2008/06/02 Mon [Edit]
上原ひろみの「Led Boots」のカヴァーに触発されて、久しぶりにこのCDを探して聴いてみた。
たぶん10年以上は聴いていないと思う(汗)
このCDを買ったのは1986年頃、当時新作の「FLASH」と一緒に買ったんだと思う。
オリジナル・レコードが出たのは1976年だ。
この頃には、まだ「フュージョン」という言葉すらなく、ロックとジャズのないまぜになったような感じの音楽を、はじめは「ジャズ・ロック」その後「クロスオーバー」という風に云われていた。
どちらかというと、ジャズ系のミュージシャンが、ロックっぽいサウンドを取り入れたモノが多かったと思う。
ワタシはそれほどジェフ・ベックファンというわけでもなかったのだが、(どちらかといえばロッド・スチュアートのヴォーカルが好きだった。)この完全インストゥルメンタルのギター・アルバム「WIRED」のかっこよさには参ってしまった覚えがある。カセットに録音してよく聴いた。今聴いても、ジェフ・ベックのギターとヤン・ハマーのシンセとのインタープレイはすさまじい。
"WIRED" 1976
1. Led Boots
2. Come Dancing
3. Goodbye Pork Pie Hat
4. Head For Backstage Pass
5. Blue Wind
6. Sophie
7. Play With Me
8. Love Is Green
たぶんシングルカットされたロッド・スチュアートがヴォーカルの「People Get Ready」がヒットしていて、それを聴きたくてこのCDを買ったんだと思う。こちらは、ヴォーカルも入った「モダン・ビート」のサウンドになっている。ジェフ・ベックが2005年に来日した際には、このアルバムで5曲のヴォーカルをとっているジミー・ホールという人も一緒に来たらしい。
"FLASH" 1985
1. Ambitious
2. Gets Us All in the End
3. Escape
4. People Get Ready
5. Stop, Look and Listen
6. Get Workin'
7. Ecstasy
8. Night After Night
9. You Know, We Know
10. Nighthawks
11. Back on the Streets
それと、1984年にリリースされたスタンリー・クラークの「タイム・エクスポージャー」にもジェフ・ベックが参加しているが、このCDもあったはずなのになぜか見つからない(汗)
このアルバムもかなりファンキーサウンドでかっこよかったと思うのだが。。現在捜索中。
たぶん10年以上は聴いていないと思う(汗)
このCDを買ったのは1986年頃、当時新作の「FLASH」と一緒に買ったんだと思う。
オリジナル・レコードが出たのは1976年だ。
この頃には、まだ「フュージョン」という言葉すらなく、ロックとジャズのないまぜになったような感じの音楽を、はじめは「ジャズ・ロック」その後「クロスオーバー」という風に云われていた。
どちらかというと、ジャズ系のミュージシャンが、ロックっぽいサウンドを取り入れたモノが多かったと思う。
ワタシはそれほどジェフ・ベックファンというわけでもなかったのだが、(どちらかといえばロッド・スチュアートのヴォーカルが好きだった。)この完全インストゥルメンタルのギター・アルバム「WIRED」のかっこよさには参ってしまった覚えがある。カセットに録音してよく聴いた。今聴いても、ジェフ・ベックのギターとヤン・ハマーのシンセとのインタープレイはすさまじい。
"WIRED" 19761. Led Boots
2. Come Dancing
3. Goodbye Pork Pie Hat
4. Head For Backstage Pass
5. Blue Wind
6. Sophie
7. Play With Me
8. Love Is Green
たぶんシングルカットされたロッド・スチュアートがヴォーカルの「People Get Ready」がヒットしていて、それを聴きたくてこのCDを買ったんだと思う。こちらは、ヴォーカルも入った「モダン・ビート」のサウンドになっている。ジェフ・ベックが2005年に来日した際には、このアルバムで5曲のヴォーカルをとっているジミー・ホールという人も一緒に来たらしい。
"FLASH" 19851. Ambitious
2. Gets Us All in the End
3. Escape
4. People Get Ready
5. Stop, Look and Listen
6. Get Workin'
7. Ecstasy
8. Night After Night
9. You Know, We Know
10. Nighthawks
11. Back on the Streets
それと、1984年にリリースされたスタンリー・クラークの「タイム・エクスポージャー」にもジェフ・ベックが参加しているが、このCDもあったはずなのになぜか見つからない(汗)
このアルバムもかなりファンキーサウンドでかっこよかったと思うのだが。。現在捜索中。
最近気になる女性シンガーYael Naim ,Colbie Caillat
2008/04/29 Tue [Edit]
毎週土曜日にFMでやってるコスモポップス ベスト10を時々聴いている。最近気に入った曲でアコースティックな女性シンガーが二人いる。ポップス好きの人はとっくに知ってるだろうけど。
1曲めは、すでにMacBook AirのTV CMでも流れている「ニュー・ソウル new soul 」のヤエル・ナイム。 Yael Naim (1978年フランス、パリ生まれ)
Yael Naim / Yael Naim
幼児期の大部分をRamat Hacharon(イスラエルのテルアビブ近郊の小さな町)で過ごす。18才の時にはジョニ・ミッチェルに傾倒し、歌詞の世界にも目覚めていった。その後テルアビブのジャズ・クラブで、彼女はウィンストン・マルサリスのミュージシャン達と知り合い、いくつかのライヴを行った。
そして彼女はAnti Collisionと言うバンドを結成し、イスラエル国中のクラブをツアー。2001年に当時はYaëlという名義でデビュー・アルバム、『In a Man’s Womb』がリリースされた。しかし彼女はこのアルバムを失敗だと思っており、非常に落胆したという。
2004年、共通の友人を介してDavid Donatienに出会った。西インド出身のドラマーであるDavidはBernard LavilliersからJunior Jack、Wassis DiopからMaliaまで、本当に様々なジャンルのミュージシャンと15年あまりも活動をしてきた。どんなジャンルの音楽にも対応できる非常に才能溢れるミュージシャンでありつつ、プロデューサーとしての才能にも溢れており、彼の技術と想像力は、ヤエルの音楽の世界を素晴らしい方向に導き、花を咲かせた。同時にブライ語で歌うことを勧めたのも彼だった。
Yael Naim / new soul
どこか懐かしい感じのするサウンドと歌声です。
☆ ☆ ☆
もう一人はマリブビーチ出身のサーフ・ロックの新星コルビー・キャレイ Colbie Caillat、曲は「バブリー Bubbly」
CoCo / Colbie Caillat
コルビー・キャレイはサーフシーンのメッカ、カリフォルニア・マリブビーチ出身。父親がフリード・ウッド・マックの大ヒットアルバム『噂』と『牙(タスク)』のプロデューサーを務めるケン・キャレイという血統書付きの音楽一家に育ったそうだ。
彼女は11歳の時にローリン・ヒルの“Killing Me Softly”を聞いて以来、真剣に歌に取り組み始めた。「ローリンの声はとても美しくて、彼女がきっかけで歌うことを目指したの。それ以来いろんなショーに出てはローリンの歌を歌ったわ。」
しかし成長するにつれて、彼女の父は助言した。「素晴らしい声を持つことはもちろん素晴らしいことだが、音楽業界において人から尊敬されるのはソングライターだ」と。「そのことについて長いこと考えたわ」と彼女は言う。
何曲か出来上がると彼女はマイスペース上で発表した。期待というより希望を込めて。
「数ヶ月はなんの反応も無かったわ。そして“Bubbly”という曲を書いてマイスペースにのせたの。そしたら、すごいリアクションがあったの。毎日何千とアクセスがあったわ。」
結局は彼女はマイスペース上で1000万プレイを獲得し、レコード契約のない歌手のナンバー・ワンになった。メジャー・レーベルも動き出し、彼女はユニバーサルと契約した。なぜなら彼女が言うには、レーベル側は彼女の制作に関して一切の干渉をしないと約束したからである。
「マイスペースの良いところは契約する前に多くのファンを獲得することが出来るから、レコード会社があえて売れるようにアーティストを変えようとしなくて良いのよ。もう曲はいろんな人達に聞かれて良いリアクションを得てるわけだから。」
コルビー・キャレイ 「バブリー」 YouTube
こちらは、久しぶりにカリフォルニアの青い空を思い出させるさわやかさです。
1曲めは、すでにMacBook AirのTV CMでも流れている「ニュー・ソウル new soul 」のヤエル・ナイム。 Yael Naim (1978年フランス、パリ生まれ)
Yael Naim / Yael Naim 幼児期の大部分をRamat Hacharon(イスラエルのテルアビブ近郊の小さな町)で過ごす。18才の時にはジョニ・ミッチェルに傾倒し、歌詞の世界にも目覚めていった。その後テルアビブのジャズ・クラブで、彼女はウィンストン・マルサリスのミュージシャン達と知り合い、いくつかのライヴを行った。
そして彼女はAnti Collisionと言うバンドを結成し、イスラエル国中のクラブをツアー。2001年に当時はYaëlという名義でデビュー・アルバム、『In a Man’s Womb』がリリースされた。しかし彼女はこのアルバムを失敗だと思っており、非常に落胆したという。
2004年、共通の友人を介してDavid Donatienに出会った。西インド出身のドラマーであるDavidはBernard LavilliersからJunior Jack、Wassis DiopからMaliaまで、本当に様々なジャンルのミュージシャンと15年あまりも活動をしてきた。どんなジャンルの音楽にも対応できる非常に才能溢れるミュージシャンでありつつ、プロデューサーとしての才能にも溢れており、彼の技術と想像力は、ヤエルの音楽の世界を素晴らしい方向に導き、花を咲かせた。同時にブライ語で歌うことを勧めたのも彼だった。
Yael Naim / new soul
どこか懐かしい感じのするサウンドと歌声です。
☆ ☆ ☆
もう一人はマリブビーチ出身のサーフ・ロックの新星コルビー・キャレイ Colbie Caillat、曲は「バブリー Bubbly」
CoCo / Colbie Caillat コルビー・キャレイはサーフシーンのメッカ、カリフォルニア・マリブビーチ出身。父親がフリード・ウッド・マックの大ヒットアルバム『噂』と『牙(タスク)』のプロデューサーを務めるケン・キャレイという血統書付きの音楽一家に育ったそうだ。
彼女は11歳の時にローリン・ヒルの“Killing Me Softly”を聞いて以来、真剣に歌に取り組み始めた。「ローリンの声はとても美しくて、彼女がきっかけで歌うことを目指したの。それ以来いろんなショーに出てはローリンの歌を歌ったわ。」
しかし成長するにつれて、彼女の父は助言した。「素晴らしい声を持つことはもちろん素晴らしいことだが、音楽業界において人から尊敬されるのはソングライターだ」と。「そのことについて長いこと考えたわ」と彼女は言う。
何曲か出来上がると彼女はマイスペース上で発表した。期待というより希望を込めて。
「数ヶ月はなんの反応も無かったわ。そして“Bubbly”という曲を書いてマイスペースにのせたの。そしたら、すごいリアクションがあったの。毎日何千とアクセスがあったわ。」
結局は彼女はマイスペース上で1000万プレイを獲得し、レコード契約のない歌手のナンバー・ワンになった。メジャー・レーベルも動き出し、彼女はユニバーサルと契約した。なぜなら彼女が言うには、レーベル側は彼女の制作に関して一切の干渉をしないと約束したからである。
「マイスペースの良いところは契約する前に多くのファンを獲得することが出来るから、レコード会社があえて売れるようにアーティストを変えようとしなくて良いのよ。もう曲はいろんな人達に聞かれて良いリアクションを得てるわけだから。」
コルビー・キャレイ 「バブリー」 YouTube
こちらは、久しぶりにカリフォルニアの青い空を思い出させるさわやかさです。
歌う吟遊詩人 河島英五
2008/04/27 Sun [Edit]
昨日、NHK-BS2で4月20日にNHK大阪ホールで行われた「河島英五記念ライブ 元気だしてゆこう2008」の録画中継と「歌伝説 河島英五」という特集番組が放映された。
録画予約していたのだが、阪神vs巨人のナイターを見ようとTVつけたらちょうど「歌伝説 河島英五」が始まったところで、結局最後まで見てしまった。懐かしい歌と映像で永久保存版にしようと思う。
河島英五といえば、1975年に河島英五とホモサピエンス「何かいいことないかな」でレコード・デビュー。この曲はかなりヒットしたと思うし、次の曲「てんびんばかり」は重い歌詞で暗い印象の曲だったけど、よく覚えている。
そしてこの頃の曲では、なんといっても「酒と泪と男と女」が印象に残っている。カラオケでもよく歌った(汗)
はじめショーケンが歌っていたが、後に河島英五本人の歌もヒットした。
レコード・デビュー前後には「あのねのね」の前座やバックバンドをやっていたというのも有名な話。
その後、1970年代後半には中央アジア、アフガニスタンや南米、アフリカなどを放浪しながら作詞作曲を行い、帰国してはライブ活動をしていた。
1980年代には四国のお遍路を歩きながら着いた町でライブ、次にはオートバイで東北を回りながらライブ、などというまさに「放浪するフォーク歌手」として活動していた。
1990年代からは関西テレビやNHKなどに多く出演するようになる。
そして1997年4月8日から2000年頃までMBSラジオ「すみから火曜日河島英五」でパーソナリティをされていて、この番組は仕事をしながらよく聴いていた。
ほんま破天荒で人情味のある、えらいおもろいおっさんやったなぁ、と会ったことはないねんけど懐かしく思い出す。
阪神淡路大震災後には、「復興の詩」という震災被災者を励ますチャリティ・コンサートを自ら企画・実行し、「最低10年は絶対続けるんや」と語っていた。
2001年4月16日病気のため永眠。48歳だった。
私が今いちばん好きなのはこの歌。「生きてりゃいいさ」
英五さんありがとう。
河島英五 公式HP
河島英五 訃報記事 日刊スポーツ
録画予約していたのだが、阪神vs巨人のナイターを見ようとTVつけたらちょうど「歌伝説 河島英五」が始まったところで、結局最後まで見てしまった。懐かしい歌と映像で永久保存版にしようと思う。
河島英五といえば、1975年に河島英五とホモサピエンス「何かいいことないかな」でレコード・デビュー。この曲はかなりヒットしたと思うし、次の曲「てんびんばかり」は重い歌詞で暗い印象の曲だったけど、よく覚えている。そしてこの頃の曲では、なんといっても「酒と泪と男と女」が印象に残っている。カラオケでもよく歌った(汗)
はじめショーケンが歌っていたが、後に河島英五本人の歌もヒットした。
レコード・デビュー前後には「あのねのね」の前座やバックバンドをやっていたというのも有名な話。
その後、1970年代後半には中央アジア、アフガニスタンや南米、アフリカなどを放浪しながら作詞作曲を行い、帰国してはライブ活動をしていた。
1980年代には四国のお遍路を歩きながら着いた町でライブ、次にはオートバイで東北を回りながらライブ、などというまさに「放浪するフォーク歌手」として活動していた。
1990年代からは関西テレビやNHKなどに多く出演するようになる。
そして1997年4月8日から2000年頃までMBSラジオ「すみから火曜日河島英五」でパーソナリティをされていて、この番組は仕事をしながらよく聴いていた。
ほんま破天荒で人情味のある、えらいおもろいおっさんやったなぁ、と会ったことはないねんけど懐かしく思い出す。
阪神淡路大震災後には、「復興の詩」という震災被災者を励ますチャリティ・コンサートを自ら企画・実行し、「最低10年は絶対続けるんや」と語っていた。
2001年4月16日病気のため永眠。48歳だった。
私が今いちばん好きなのはこの歌。「生きてりゃいいさ」
英五さんありがとう。
河島英五 公式HP
河島英五 訃報記事 日刊スポーツ





