最近気になる女性シンガーYael Naim ,Colbie Caillat
2008/04/29 Tue [Edit]
毎週土曜日にFMでやってるコスモポップス ベスト10を時々聴いている。最近気に入った曲でアコースティックな女性シンガーが二人いる。ポップス好きの人はとっくに知ってるだろうけど。
1曲めは、すでにMacBook AirのTV CMでも流れている「ニュー・ソウル new soul 」のヤエル・ナイム。 Yael Naim (1978年フランス、パリ生まれ)
Yael Naim / Yael Naim
幼児期の大部分をRamat Hacharon(イスラエルのテルアビブ近郊の小さな町)で過ごす。18才の時にはジョニ・ミッチェルに傾倒し、歌詞の世界にも目覚めていった。その後テルアビブのジャズ・クラブで、彼女はウィンストン・マルサリスのミュージシャン達と知り合い、いくつかのライヴを行った。
そして彼女はAnti Collisionと言うバンドを結成し、イスラエル国中のクラブをツアー。2001年に当時はYaëlという名義でデビュー・アルバム、『In a Man’s Womb』がリリースされた。しかし彼女はこのアルバムを失敗だと思っており、非常に落胆したという。
2004年、共通の友人を介してDavid Donatienに出会った。西インド出身のドラマーであるDavidはBernard LavilliersからJunior Jack、Wassis DiopからMaliaまで、本当に様々なジャンルのミュージシャンと15年あまりも活動をしてきた。どんなジャンルの音楽にも対応できる非常に才能溢れるミュージシャンでありつつ、プロデューサーとしての才能にも溢れており、彼の技術と想像力は、ヤエルの音楽の世界を素晴らしい方向に導き、花を咲かせた。同時にブライ語で歌うことを勧めたのも彼だった。
Yael Naim / new soul
どこか懐かしい感じのするサウンドと歌声です。
☆ ☆ ☆
もう一人はマリブビーチ出身のサーフ・ロックの新星コルビー・キャレイ Colbie Caillat、曲は「バブリー Bubbly」
CoCo / Colbie Caillat
コルビー・キャレイはサーフシーンのメッカ、カリフォルニア・マリブビーチ出身。父親がフリード・ウッド・マックの大ヒットアルバム『噂』と『牙(タスク)』のプロデューサーを務めるケン・キャレイという血統書付きの音楽一家に育ったそうだ。
彼女は11歳の時にローリン・ヒルの“Killing Me Softly”を聞いて以来、真剣に歌に取り組み始めた。「ローリンの声はとても美しくて、彼女がきっかけで歌うことを目指したの。それ以来いろんなショーに出てはローリンの歌を歌ったわ。」
しかし成長するにつれて、彼女の父は助言した。「素晴らしい声を持つことはもちろん素晴らしいことだが、音楽業界において人から尊敬されるのはソングライターだ」と。「そのことについて長いこと考えたわ」と彼女は言う。
何曲か出来上がると彼女はマイスペース上で発表した。期待というより希望を込めて。
「数ヶ月はなんの反応も無かったわ。そして“Bubbly”という曲を書いてマイスペースにのせたの。そしたら、すごいリアクションがあったの。毎日何千とアクセスがあったわ。」
結局は彼女はマイスペース上で1000万プレイを獲得し、レコード契約のない歌手のナンバー・ワンになった。メジャー・レーベルも動き出し、彼女はユニバーサルと契約した。なぜなら彼女が言うには、レーベル側は彼女の制作に関して一切の干渉をしないと約束したからである。
「マイスペースの良いところは契約する前に多くのファンを獲得することが出来るから、レコード会社があえて売れるようにアーティストを変えようとしなくて良いのよ。もう曲はいろんな人達に聞かれて良いリアクションを得てるわけだから。」
コルビー・キャレイ 「バブリー」 YouTube
こちらは、久しぶりにカリフォルニアの青い空を思い出させるさわやかさです。
1曲めは、すでにMacBook AirのTV CMでも流れている「ニュー・ソウル new soul 」のヤエル・ナイム。 Yael Naim (1978年フランス、パリ生まれ)
Yael Naim / Yael Naim 幼児期の大部分をRamat Hacharon(イスラエルのテルアビブ近郊の小さな町)で過ごす。18才の時にはジョニ・ミッチェルに傾倒し、歌詞の世界にも目覚めていった。その後テルアビブのジャズ・クラブで、彼女はウィンストン・マルサリスのミュージシャン達と知り合い、いくつかのライヴを行った。
そして彼女はAnti Collisionと言うバンドを結成し、イスラエル国中のクラブをツアー。2001年に当時はYaëlという名義でデビュー・アルバム、『In a Man’s Womb』がリリースされた。しかし彼女はこのアルバムを失敗だと思っており、非常に落胆したという。
2004年、共通の友人を介してDavid Donatienに出会った。西インド出身のドラマーであるDavidはBernard LavilliersからJunior Jack、Wassis DiopからMaliaまで、本当に様々なジャンルのミュージシャンと15年あまりも活動をしてきた。どんなジャンルの音楽にも対応できる非常に才能溢れるミュージシャンでありつつ、プロデューサーとしての才能にも溢れており、彼の技術と想像力は、ヤエルの音楽の世界を素晴らしい方向に導き、花を咲かせた。同時にブライ語で歌うことを勧めたのも彼だった。
Yael Naim / new soul
どこか懐かしい感じのするサウンドと歌声です。
☆ ☆ ☆
もう一人はマリブビーチ出身のサーフ・ロックの新星コルビー・キャレイ Colbie Caillat、曲は「バブリー Bubbly」
CoCo / Colbie Caillat コルビー・キャレイはサーフシーンのメッカ、カリフォルニア・マリブビーチ出身。父親がフリード・ウッド・マックの大ヒットアルバム『噂』と『牙(タスク)』のプロデューサーを務めるケン・キャレイという血統書付きの音楽一家に育ったそうだ。
彼女は11歳の時にローリン・ヒルの“Killing Me Softly”を聞いて以来、真剣に歌に取り組み始めた。「ローリンの声はとても美しくて、彼女がきっかけで歌うことを目指したの。それ以来いろんなショーに出てはローリンの歌を歌ったわ。」
しかし成長するにつれて、彼女の父は助言した。「素晴らしい声を持つことはもちろん素晴らしいことだが、音楽業界において人から尊敬されるのはソングライターだ」と。「そのことについて長いこと考えたわ」と彼女は言う。
何曲か出来上がると彼女はマイスペース上で発表した。期待というより希望を込めて。
「数ヶ月はなんの反応も無かったわ。そして“Bubbly”という曲を書いてマイスペースにのせたの。そしたら、すごいリアクションがあったの。毎日何千とアクセスがあったわ。」
結局は彼女はマイスペース上で1000万プレイを獲得し、レコード契約のない歌手のナンバー・ワンになった。メジャー・レーベルも動き出し、彼女はユニバーサルと契約した。なぜなら彼女が言うには、レーベル側は彼女の制作に関して一切の干渉をしないと約束したからである。
「マイスペースの良いところは契約する前に多くのファンを獲得することが出来るから、レコード会社があえて売れるようにアーティストを変えようとしなくて良いのよ。もう曲はいろんな人達に聞かれて良いリアクションを得てるわけだから。」
コルビー・キャレイ 「バブリー」 YouTube
こちらは、久しぶりにカリフォルニアの青い空を思い出させるさわやかさです。
Comments
Track Backs
TB URL



